ネズミが時計を駆け下りる
劇中の折々で、ささやかれるように響く"ヒッコリー、ディッコリー"。原題にもなっている"ＨＩＣＫＯＲＹ　ＤＩＣＫＯＲＹ　ＤＯＣＫ"は、クリスティ作品おなじみのマザー・グースの唄のひとつ。本話の冒頭や解決編で、真相の目撃者たるネズミが振り子時計を駆け下りる描写は、この唄の詞をなぞらえている様です。
事件の発端は日常の細々した品々の紛失。"取るに足らないものが紛失したこと"自体の意味に注意が向きがちですが、実は、数多の紛失は一元的な事象ではなく、品物それぞれに異なる紛失の意味が隠されているのです。事件の核心につながる手掛かりと並行し、いかにもそれらしいが別個の事由に由来する怪しい手掛かりを散りばめるクリスティのプロットを象徴するような、興味深い構造の本話です。

二人のワトスン
豊かな髭で見紛うかもしれませんが、サー・アーサー・スタンリーに扮しているのは、ジェレミー・ブレット主演の『シャーロック・ホームズの冒険』ファンにはおなじみ、かつてないワトスン役を演じたとして賞賛を浴びたデビッド・バークその人です。同作品での日本語吹替は長門 裕之氏でしたが、本話では大木 民夫氏が静かな威厳ある声を演じています。
なおバークは同『シャーロック…』第２シリーズまでワトスンを演じ、第３シリーズ以降はエドワード・ハードウィックに交代。そしてハードウィックもまた、本シリーズ『ホロー荘の殺人』にゲスト出演しています。

熱暑の天国
愛妻がしばらく家を空けた為、慣れぬ独り身暮らしにまともな衣食すら事欠くようになるジャップに、自宅での宿泊を申し出るポワロ。さえないジャップを見かねるポワロと、喜んで申し出を受けるジャップの間柄も、ここに至って、仕事を越えた友情極まれりという雰囲気です。
とは云え、これもコメディ・リリーフのシチュエーション。ジャップはこのお泊まりで結構、散々な目に遭うことに。部屋が暑くて安眠ままならぬ件は少し大袈裟に思えるかもしれませんが、ポワロは極度の寒がりであることが大きな特徴のひとつ。ジャップの様な常人では参ってしまう程の暖が、ポワロには必要なのです。『盗まれたロイヤル・ルビー』や『ポワロのクリスマス』でも、例え事件が起きる地に赴くことになろうと、クリスマスを過ごす為には、彼はセントラル・ヒーティングを欠かすことが出来なかったのです。