オーラス前の大作
最終第１３シリーズを目前にいよいよ、最終話を除く最後の大作と言ってもいい本話のお目見えです。クリスティ一流のトラベル・ミステリの中でもオリエント急行という贅沢な舞台を扱い、その設定を存分に活かした脱帽ものの殺人トリックを擁する小説はミステリの古典名作として読み継がれ、そしてクリスティ原作の映画化として大成功を収めた栄えある作品のひとつとなりました。クリスティの代表作の中でも、これら複数の冠を重ね持つシンボルという意味で随一、ポワロ作品に限定すれば唯一とさえ言えるビッグ・ネームであり、また同時に、作者自身が最も気に入っていた自著のひとつでもあるそうです。

"ポワロ"映像化のステイタス
この傑作の執筆の背景には、作者自身が１９２８年に中東への旅行でオリエント急行を利用した経験はもとより、その翌年に列車がトルコ国境付近で実際に豪雪に閉じ込められ、更にその３年後に著名な飛行家リンドバーグの幼い息子の誘拐殺人が発生し、着想を得たと云われています。 小説は１９３４年に発表されて評判を呼び、１９７４年には『十二人の怒れる男』（１９５７）を出世作とするシドニー・ルメット監督のもと、晴れて劇場映画『オリエント急行殺人事件』として陽の目を見ました。配役はリチャード・ウィドマーク、ショーン・コネリー、アンソニー・パーキンス、ローレン・バコール、イングリッド・バーグマン、ジャクリーン・ビセットほか綺羅星の如き名優を一堂に集め、プロットを最大限に活かすオールスター・キャストで作られました。ポワロを演じたのは実力派俳優アルバート・フィニー。鼻・頬・髪・髭・体つきに至るまでの入念なメイク・アップや性格を反映した口調の研究に努め、大物揃いの容疑者を圧倒できる威厳のポワロを見事に演じ切りました。
同作は映像化の依頼を４０年近く拒み続けた原作者の評価を勝ち得ました。プレミアを観た彼女は主人公の口髭の様子に皮肉を述べたものの、作品の出来とフィニーのプロ意識に満足したようです。そして批評・興行共に成功を収め、以降のポワロ作品映像化の原動力になったと言えるでしょう。

衝撃かつ必見の問題作
同劇場映画は、陰惨な事件を描きつつも、娯楽性を強く意識した作りになっています。対して本ドラマは、大雪の為に孤立していく状況と共に事件が閉塞かつ先鋭化していき、謎解きのカタルシスより、その結果によって根源的な命題が追究され、ＢＧＭの効果も相まって、ある種の不条理感さえ漂うものとなっています。命題とは、本ドラマシリーズのテーマでもある"殺人という大罪と正義の対立"。本話が真に描きたかったものはむしろ、真相が暴かれた後の、長いエピローグなのかもしれません。そこにおけるスーシェの鬼気迫る演技、そして苦悶に満ちたポワロに活目下さい。